牧牛共立社
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牧牛共立社(ぼくぎゅうきょうりつしゃ)は、明治期に小川町上小川戸渡にあった県内最古の近代牧場。明治政府の殖産興業の政策を担い、牧畜、乳製品の生産を行い、福島、本宮、三春、二本松、白河、中村、平など県内各地に売捌所を設け、牛乳の販売を行った。牛乳だけでなく、粉ミルクやチーズの生産も行った。放牧地は、猫鳴山周辺にあったと考えられている。磐前県(後に福島県)の補助を受けた事業であったが、経営は芳しくなく、明治中期に解社。その後、猫鳴山の牧場地は、栄駿舎、養駿舎として牛馬の牧場に利用された。
経緯
1876年(明治9年)3月、牧牛共立社設立。本社は平町。小川町上小川戸渡に牧場を開設。6月、巡行中の明治天皇に牛乳を差上げる。12月、安達郡石筵村に萩岡に第二牧場を設置。
1877年(明治10年)小川町上小川戸渡に本社を移転する。第一回内国勧業博覧会に粉酪(粉ミルク)を出品。龍紋賞牌を受賞する。
1878年(明治11年)白河郡真舟村字芝原、小田倉村字上野原に牧場を開設。
1893年(明治26年)牧牛共立社解散。